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整合性も考えず勢いで書き散らしたものを置いておくページ。ジャンルごった煮。そのうち小説のほうにまとめるかもしれません。

神さま、どうか。ただひとつだけ願いをかなえてください。(TRIGUN)

奇跡は、いつも、望まないタイミングでやってくる。
■出落ち。最終回後。ネタバレあり。

 今でも時々思い出す。 
 もしあの願いが叶えられていたら、何かが変わっていたのだろうか。 
 
「ヴァッシュさん」 
 柔らかく明るい色の声が、彼の名を呼んだ。常は底抜けに明るいそれが、今は少しだけ憂いを含んでいた。 
 彼は今は黒くなった髪を掻いて、声に答えるための間を作る。 
「……疲れました?」 
「そりゃあ。密着取材班に四六時中追いかけまわされていたら、疲れないはずがないよ」 
 眼鏡の向こうの眼尻が下がって、彼が笑う。 
 自分たちのことを揶揄されているのに、ミリィは全く意に介さず、ただ彼の眼を無遠慮に覗き込んだ。まるでそれでは全く答えになっていないとでもいうように。 
 彼が鼻にひっかけた眼鏡のレンズは、薄く色がついているだけであるはずなのに、何故かその向こうはひどく見えづらかった。 
「ちゃんとご飯、食べないとだめですよ?」 
 それは小さな弟を気遣うような口調で、彼はまた笑う。 
「食べてるよ」 
 間があったのか、無かったのか。 
 嘘なのか、嘘でないのか。 
 笑顔を手放さない彼とは対照的に、一度も笑うことなく、釈然としない表情のまま、ミリィは彼のテーブルを後にした。 
 
 スタッフとの打ち合わせを終えたメリルと合流したミリィは、無言で小さな先輩の後ろ頭を見つめた。 
 ミリィがヴァッシュと話してきたことは知っているはずなのに、メリルはその内容を尋ねようともしない。 
「ねえ、先輩」 
 ただ黙々と歩く。彼の居る酒場から離れようとするように。 
「先輩」 
 ミリィがメリルを呼ぶ。 
 メリルから視線を落とし、自分のつま先を見つめて、呟くような問いかけを続ける。 
 メリルは後ろを見やろうともせずただ前を見つめていた。 
「……ヴァッシュさんが泣いたところ、一度も見たことがないです」 
 あれから一度もない、とミリィは云う。 
「みんな、泣きました。……わた、しも。でもヴァッシュさんは泣かない。ねえ、先輩、ヴァッシュさん、大丈夫じゃないですよね? 大丈夫なわけないです」 
 ぐず、と鼻をすする音が混じって、やがて小さな嗚咽に変わった。 
 つい、とメリルの視線が遥か空を見やった。 
 足は止めない。歩みながら、東の空へ視線を向けた。 
「……あの人は本当に。変わりませんわ」 
「せんぱい……! せんぱい、何かできること、ないんですか」 
 メリルは答えなかった。 
 いつの間にか、テレビ局のキャラバンにたどり着いていた。メリルがスタッフに声をかけ、車両に乗り込む。 
 初めての問答ではなかった。 
 彼を発見してから半年。彼の異変に気が付いてから、何度となく繰り返されたやり取り。 
 もともと自らのことを語りたがらなかった彼のその性質は、あの事件以来頑なさを増していた。彼は事件が終えても自らシップに戻ることもなく、すべてにおいて語ることを拒否しているようでもあった。 
 メリルやシップの面々は、その人の墓がカルカサスにあることさえ、あの地を再び訪れた時初めて知った。 
 不意に一陣の砂風が吹いて、彼女の外套の裾を翻す。 
 
 せめてこうして。野次馬から彼を守ることが、先輩の優しさなんでしょうか。 
 
 ひらりと車内へ消える外套を見つめながら、ミリィはず、と鼻をすすった。 
 
 
 
 あの子は苦手だ、とヴァッシュは思う。 
 今ではミリィと顔を合わせるときは眼鏡が手放せない。何かフィルターがないと、何もかもを見抜かれてしまいそうだ。 
 いっそ真黒な色眼鏡にしようか。あいつのように。 
 冗談のつもりだったその言葉は、考えていたよりも何倍も空虚に、心の中の空洞に消えた。まるで空っぽの穴の中に吸い込まれていったようだった。 
 
 ヴァッシュは変わった。 
 当の本人でさえ、そのことに気がついたのは、方舟事件が終わって1年近くたってからのことだ。 
 初めは、生きるのに必死だった。 
 体を再構築し、命を取り戻すだけで精いっぱいだった。 
 やがてやさしい人間たちと暮らすうちに、人としての生き方を思い出した。 
 そしてまた昔と同じように自分の過去に追い詰められ、逃亡しようとしたところをメリルたちに救われた。決して彼を取り逃さないテレビ局を撒きながら、あてどもなく旅を続ける生活が始まった。 
 当り前の生活を当り前のように繰り返すようになって、やがて、自分が何かを足りないと思っていることに気がついた。 
 何が足りないのか、すぐには解らなかった。 
 だが、あるとき、ふと、気がついてしまった。 
 ある街の、ある市場の、パン屋の店先だった。 
 ぽろぽろと、涙がこぼれた。 
 どうしても涙が止められなくて、人目も構わず、しゃがみ込んで、泣いた。小さな子どもに背中を撫でられ、それでも泣きやむことができなかった。 
 焼きたてのドーナツの、甘いにおいがした。 
 
 ウルフウッドの死は、多くの身内の死と同じように、いつかただの記憶になっていくのだろうと思っていた。この星に降りて150年、忘れた名前は一つとしてない。それらはすべて彼の心の中で、思い出とともに生き続けている。 
 そうして彼らとともに、これからも同じように、自分は生き続けていくのだとヴァッシュは思っていた。 
 ビッグフォールと、それに連なる一連の事件に関わったものは、シップの人々を残して皆、死んだ。 
 もう彼にとって目標とするものもいない。 
 だが、ただ目的を失った以上の空白が、彼の心の中を支配していた。訪れた平穏への足がかりを喜ぶその心の半分で、ひどく救いがたい悲しみが彼を蝕んだ。 
 レムを失ったときの悲しみにも似たそれを、どう扱っていいのか、ヴァッシュには解らなかった。 
 だから彼は、笑った。 
 昔と同じように。ウルフウッドが、笑っているほうがいいと、言ったから。 
 
 
 
 彼はすべてを愛しているといいながら、すべてを自分の外に置こうとする。自らの悲しみに対して、決して誰かを受け入れたがらない。 
 きっと必要なのは途方もない時間なのでしょう。 
 そう、ミリアが溜息をついたその夜、事態は一変した。 
 
 
 
 
 
.2 
 翌日、メリルとミリィはヴァッシュに呼び出された。 
 待ち合わせ場所は酒場だったが、そこは昨日ミリィが彼と話した、宿屋のすぐ隣の酒場ではなく、宿屋からもずいぶんと遠い町外れの酒場だった。 
 ヴァッシュは普段、行き先も告げずに二人の前から消える。その彼から呼び出されることなど、酷く珍しいことだった。しかも人目を憚るかのような待ち合わせ場所に、二人は別件を装うとテレビ局のクルーたちを撒いて、彼の元を訪れた。 
「……何ですのそれは」 
 眉間を揉むメリルが、苦々しい声で言う。 
「『それ』扱いは酷いなぁ。ちっさい嬢ちゃん」 
 メリルに『それ』と言われた、ヴァッシュの左肩の少し上に浮かんでいるものは、非難しながらもまったく気分を害した様子はなく、人を食った笑いを見せていた。その表情はまったく昔のままだ。 
 『昔のまま』。そう考えて、メリルは抑えている眉間のあたりから頭痛が広がっていくような気がした。とにかくとも、ミリィと二人だけで来る判断をしたのは正しかった。 
「おっきい嬢ちゃんもよう変わらんなぁ。健勝なようで何よりや」 
「……ウルフウッドさん」 
「保険屋やめたんやって? テレビ局とは、あんたらもしんどい仕事が好きやなぁ」 
「ウルフウッドさん! 生きてたんですか?!」 
「……ミリィ」 
「だって先輩、これはどう見てもウルフウッドさんですよ!」 
「ミリィ!」 
 メリルの苦い声に、ヴァッシュの左肩の少し上にいるものは、かっかっか、と楽しそうに笑った。 
「おっきい嬢ちゃんは正しいで」 
「ウルフウッドさん!」 
 そのからかうような声に、思わず、メリルは昔の調子でその名を呼んでしまう。 
 は、と自分の口を押さえた瞬間、ウルフウッドと目があった。 
「……わいは本物やで。心優しき色男の神の下僕、牧師さんや」 
 つい、と茶色い目を細め、ウルフウッドが笑んだ。 
「ウルフウッドさん!」 
 先ほどのメリルの叱責の声とは、まったく違う感情を込めて、ミリィがその名を呼ぶ。目に大粒の涙をため、感極まったという体で、誰もが止める間もなく飛んだ。 
 ミリィの女性にしては大きめな体が宙を舞い、そして──派手な音を立ててあたりの椅子やテーブルを巻き添えにしながら、床に落下した。ウルフウッドを目がけたその体は、するり、と彼を通り抜けた。 
「……体だけは、昔と同じやないけどな」
>> DATE :: 08/09/2009 Sun

He's Back.(RAP・OD2)

信頼と愛は同一線上を平行に辿り続ける。
■OD2ラスト、病室の前にて。MuとA。

 人前で泣きそうになることなど、そうあるもんじゃない。 
 悔し涙すら流せない自分は誰かの為にしか泣けないような人間で。 
 自分の為に流す涙など多分もって生まれてこなくて。 
 それでも。 
 自分の為に誰かが流れ得ない涙を、流してくれているのに気付いたときは、そう悪い気はしなかったのだ。 
 
 
「……青島」 
 
 ……空耳。 
 そのときは有り得ない幻聴と思い込めるのに充分過ぎるほどの時間が流れていたから、俺はそれを聞かなかったことにしようとした。でもそれに併せて聞きなれた足音が聞こえて、残念ながら足音は空耳ではなく、気がついた時には通路の向こうを振り向いていた。幻聴が本当に幻聴だと理解できたときに感じたのは多分、怒りだったかも知れない。 
 偶然に眼が合って先に逸らしたのは室井さんの方だった。 
 相変わらず下手糞だ。もっとうまくやれよ、と無意識に思う。 
「……室井管理官。彼が?」 
 言葉に初めて隣に立つ人間に気がついた。正確には半歩ほど前に位置していた。 
 室井さんは俺を見ず、ひとつ溜息を吐くような間を置いて、 
「そうです」 
 と頷いた。 
「強行犯係巡査部長の──」 
 室井さんが『あ』の形に口を動かしたとき、その人はそれを遮って俺の正面に立った。 
「知っているわ。貴方が、青島君、ね」 
 俺は不躾にその気の強そうな瞳を見返してしまった。 
「捜査本部の本部長、沖田仁美管理官だ」 
 室井さんの、なんとなく苦々しそうな声が聞こえて、沖田管理官はこの場に不釣合いな、にっこり、とも形容できそうな笑みを俺に見せた。俺が思わず営業スマイルを返しかけると彼女は再びそれを遮るように笑んだままの双眸を向けた。 
「色々と聞いているわ。貴方に、言っておきたいことがあるの」 
 笑んだままなのにまるで睨むような視線の強さだった。 
「事件は現場で起こっているんじゃない。──会議室で、起こっているのよ。勘違いしないようにね」 
「…………」 
 俺は何も言わず、いや、何も言う間を与えられず、そのまま絶句した形になった。沖田管理官が満足したように踵を返し去ってゆく姿はあまり視界に入らなくて、ただ、俺は室井さんを見ていた。 
 室井さんはまた先ほどと同じ下手糞なやり方で俺から視線を逸らした。 
 
 
 
 酷く馬鹿にされたのと同意義なのに沸いてきたのは怒りよりも脱力感だった気がする。 
 本部長が何故それほど俺を敵視するのか、始めての捜査会議でなんとなく解った気がしたが、馬鹿馬鹿しくなったあとそれ自体に腹が立って、また馬鹿馬鹿しくなって腹が立って、馬鹿馬鹿しくなって腹が立ったので、取り敢えず書類を抱えたまま飯を食うことにした。 
「……大体なんで本店の連中は高級弁当で所轄はカップラーメンなんだか」 
 すみれさんのような愚痴を言いながら、自販機の『ザ・湾岸ラーメン』のボタンを押してカップ麺を取り出し、小銭も取り出してコートのポケットに突っ込む。備え付けのテーブルの上でビニールをばりばりと剥がしカップの蓋を剥がしてポットからお湯を注いだ。 
「3分、か」 
 壁に備え付けられた時計を見やって時間を確認する。 
 3分も待たなければならないのを確認して手持ち無沙汰になり、テーブルの上に頬杖をついて、投げ出してあった書類を手元へ引き寄せてみる。眺めてみたもののそれを読んだあとにしなければならないことに思い至ると読むことすら面倒くさくなり、また書類を放りだした。 
「…………」 
 何もすることがなく待つと、3分は思ったよりも長い。 
 不意に、背後にある、先ほどカップ麺を買った自動販売機を思い出した。後ろを見やりそれに視線をやる。 
「………………………」 
 余計に不愉快になっただけで、それで時間を潰す気にもなれず無理矢理視線を元へ戻す。俺は懐から煙草を取り出すと、依然として苛々としたまま煙草を吸い始めた。 
 
「大体何をもって不審とするんだが、誰を引っ張ってくればいいんだか全く解らないじゃないか」 
 漸く出来たカップ麺を煙草片手に食べながら、書類を眺めて愚痴をこぼす。諦めて読み始めたもののそれは殆ど役には立たなそうで、愚痴と紫煙とともに溜息もこぼれた。 
「……」 
 足音がした。 
 ついさっき聞いたのと同じ。 
 予想していたのと同じ気配もした。 
「……どうも」 
 書類から顔上げたら休憩室の入口に室井さんが居たので俺は頭を下げた。挨拶も声に出した。最低限の礼儀は示したが、投げ槍だった。 
「2年ぶりですか」 
「……ああ」 
「……潜水艦事件の時以来ですか」 
「……そうだな」 
「……そういや、自販機どうも有難うございます、約束守って戴いて」 
「…………ああ」 
 投げ槍なのは俺だけじゃない気がする。 
 頷いて返す室井さんから視線を外して食べかけのカップ麺を見下ろし、意味もなくそれを眺めた。 
「……食事をしているときにまで煙草を吸う癖は、まだ直らないのか」 
 言葉に顔を上げると、室井さんの視線は俺の片手へ向いていた。酸素を吸って燃焼する先端からまだ煙の流れ出る煙草、それを持ったままカップを支える左手。 
「……」 
 不自由な片手でカップを持ち上げて残っていたスープを飲みきり、カップの中へビニールを突っ込む。 
「済みませんね」 
 そこらにあったゴミも手の中で丸めて併せてカップの中へ突っ込み、 
「本店の方々とは違って俺ら所轄は忙しいんですよ。これからまた、徹夜で居るんだか居ないんだか解らない不審者を引っ張ってこなけりゃならないんでね」 
 煙草の火を消してまたカップへ入れるとカップごとゴミ箱の中へ突っ込んだ。 
 そのまま休憩室の出口へと向かう。 
「……所轄へあのような物言いをしたのは、」 
 俺を引き留めるように、室井さんが口を開いた。 
「申し訳ないと思っている」 
 振り向くとベンチに腰を下ろした室井さんはまた眉間に皺を寄せていた。 
「……沖田管理官のことですか」 
「そうだ」 
「……」 
「……」 
 乱暴なやりかたで髪をかき上げたあと、俺は仕方なしに体ごと向き直って壁に背を預けた。 
「室井さんこそ、まだ管理官なんですね」 
 背中が、溜息を吐いたように見えた。 
「…厭味を言わないでくれ」 
「言いたくもなります」 
 室井さんがまた溜息を吐き、その真似をするように俺も溜息を吐く。 
「……何、やってるんですか」 
「……」 
「室井さんの下で働きたいと思ったから、怪我をしても俺はまた此処に戻ってきたんですよ!」 
「……」 
「約束、したじゃないですか…!」 
「……解って、いる」 
「忘れてると思ってるわけじゃない、でも、解ってるって前もそう言いませんでしたか?」 
「………」 
 此処からは見えないけどきっとまた眉間の皺が増えているに違いない。返ってくる見込みのない答えを待ちながらふとそう思えて、俺は天井を仰いだ。コートのポケットに突っ込んだ手を出してもう一度前髪をかきあげ、もう一度溜息をついて、少し迷って、ベンチへ歩み寄ると室井さんの隣に腰を下ろした。体を外側に、室井さんとは逆の方に向けてベンチに座る。 
「……今回のことは」 
 不意に室井さんが口を開いた。 
「沖田君を選んだのは上の意向だ」 
 見ると、室井さんは目を伏せ、やはり眉間には皺を寄せていた。 
「上は彼女に期待している」 
「……そんなに優秀なんですか?女性初の管理官」 
「女性初、だからだ」 
「……マスコミへのアピールですか?」 
「そうだ」 
「……」 
「上層部においても男女同権であることを示す。それ故の抜擢だ」 
「…そうですか」 
「…ああ」 
「タイヘンですね、本店も」 
 言いながら俺は立ち上がった。 
「だが、彼女が優秀であることにも変わりはない」 
「でしょうね」 
 頷いて返し歩みだしかけた俺の前に、いつの間に立ち上がったのか、室井さんがす、と立った。 
「…青島」 
「なんすか」 
「ついて来い」 
「…………は?」 
 俺の疑問符には全く答えようとせず室井さんは歩き出した。そのままどんどん歩いていってしまう。 
「え、ちょ、……室井さん!」 
 答えを待っていたら置いていかれそうな歩みに仕方なく俺はその背を追って歩き出した。 
 
 
 
*** 
 
*** 
 
 
 
 手術中。 
 扉の上で煌々と点灯する非常灯のようなあの灯りは酷く残酷だと思った。 
「…………」 
 溜息のような息を吐いて天井を仰ぐと、今は暗い『非常灯』が見えた。そのまま後ろの壁へ頭を預けてずるずると椅子の上を滑る。コートのポケットに手を突っ込んでそれから視線を外しながらゆっくりと息を吐いた。 
 隣で和久さんの笑う気配がした。 
「……なんすか」 
「お前こそ、なんだ」 
「……いや……なんか。気、抜けちゃって」 
「だから、言っただろ?」 
「……そう、すね。弾があったら輸血受けながらでも自分で相手撃ち殺すような人なのに」 
 俺が独りごちるように言った言葉に和久さんは一瞬の間のあとまた、今度は声を立てて笑った。 
「……そうか。その通りだな。仇討ち頼むなんざ、全く、らしくない」 
「……」 
 俺は和久さんを見たが、和久さんは通路の向こう側あたりに視線を向けていて俺にはただ笑う横顔だけが見えた。なんとなく問う気にはなれずまた正面を見て頷いて返した。 
「……ホント。ホントそうっすよ。弾を人に預けるなんて───」 
 苦笑いに近いような笑みを浮かべて、だらしなく座った椅子へ座りなおそうとした。 
 規則的で廊下によく響く足音が近づいてきているのに気付いた。 
 何処でも変わらない、足音が聞こえた。 
「──恩田君は」 
 角を曲がって姿を現した途端に開口一番そう訊ねてくる。俺は座りなおそうとして中途半端に浮いたままだった腰をそのまま上げて立ち上がり、笑って見せた。 
「全然問題なし。摘出した弾丸でペンダント作るんだ、とか言ってましたよ」 
「……そうか」 
 俺を見た室井さんの顔に微かだが安堵の表情が浮かんだ。僅かに息を吐いたようにも見えた。 
「室井さん」 
 安堵にか伏せた目を上げ、再び此方を見る。俺はその視線を見返して笑みを残したまま顔を引き締めた。 
「痺れるような指令、有難うございました」 
 カッコ良かったっすよ、と付け足して笑う。室井さんは…ああ、と小さく笑いながら、 
「良く、やってくれた」 
 そう言って頷いた。 
 
「……こいつはよ、」 
 いつの間に横に来ていたのか、不意に和久さんが室井さんに俺を示して言う。 
「言うことは聞かねぇし、無鉄砲だし、思い込んだらきかない餓鬼みたいなところあるしよ、どうしようもない奴だが」 
「……わくさん…」 
「アンタのことは、無条件で信じてやがる。アンタが言ったことならなんでもやるだろうし、アンタが死ねといえば死ぬだろうな。一度信じたら絶対裏切らねぇよ」 
 口を挟む間も無く言い切ると、和久さんは今度は俺を見て口を開いた。 
「こいつは、正直もんだがちぃとばかし世渡り下手だ。とんでもなく不器用で実直だが愚直だ」 
「……」 
「だが、人の上に立てば組織を巧く動かす、下のもんを巧く使う才能がある。それに不器用でもやると言った事は絶対にやる男だ」 
 言い切ると口の端を上げて笑む。 
「お前らふたり」 
 俺と室井さんを交互に見ると、俺らの胸のあたりを拳でとん、と叩き、 
「……ふたり、警察を、頼んだぞ」 
 和久さんは普段見たこともないような真摯な目でそう言った。言ったと思うとまた表情を変え、なんてな、と自分で言ったことを茶化すように笑って見せた。 
 そのまま俺達から離れて椅子から帽子を拾い上げる。 
「──了解しました」 
 何時ものように帽子を目深に被った和久さんに、室井さんは力強くそう言葉を返し、和久さんはそれを見て一瞬だけさっき見せたような顔に戻り、頼んだぞ、と小さく頷いた。 
「じゃぁな」 
 
 俺は和久さんを見送った後、隣に立つ室井さんの横顔を見ていた。和久さんの背を見送る室井さんの眼差しは全く同じといっていいほど先ほどの和久さん近しい、真摯なそれだった。きっとこの顔で和久さんに頷いたんだろう、そう思って俺は室井さんから視線を外し目を伏せ、少しだけ笑んだ。 
 もう姿の見えない和久さんの歩んでいった先を見る。 
「……俺、信じてますから。室井さんが上にいって、警察変えてくれるの。俺達と上との風通し良くしてくれるって」 
「──ああ」 
 そう言って室井さんが隣で頷く気配がした。 
 
「……聞いたぞ」 
「……え?」 
「俺を、褒めてくれたそうだな。被疑者の前で」 
「………え」 
 え、の後が次げず、慌ててなんで、と言おうとして失敗した。おざなりに一呼吸してもう一度口を開く。 
「なんで…知ってるんすか」 
「聞いた連中がいたようだな」 
「……ようだな、って……」 
「…………嬉しかった。ありがとう」 
 言いながら室井さんは咳払いで語尾を誤魔化した。目が伏せられ、また眉間に皺が寄っている。 
「…事実っすから」 
「……そうか」 
 そうです、と頷いて俺は通路の向こう、天井を仰いだ。 
 前髪をかき上げるとそのまま髪の中へ指を指し込み後頭部あたりをがしがしと掻く。溜息こそ吐かなかったが、もう一方の手は無意識にコートのポケットへ突っ込まれていた。 
「だから、会わないほうがいいんじゃないかって思ってたんです」 
「……?」 
「理由はどうにしろ2年会わなかった。だからこのまま、そのまま会わないほうがいいんじゃないかって」 
「…青島」 
「俺ら会わない間に、室井さんは俺に会う前の位置へ戻れたし。………室井さん、なんで湾岸署、きたんですか」 
 顔を見やって笑いながらそう訊くと、室井さんは皺の寄った眉間へ片手をやり溜息を吐いた。 
「会ってしまったら、顔見ちゃったら、嬉しくなっちゃうじゃないですか」 
「……青島」 
 一度目よりも強く、室井さんは俺の名前を呼んだ。 
「君は、私が何故今こうしているか、忘れたのか?」 
「……忘れてなんかいません。だから。俺もこうしてここに居るし」 
「では何故だ」 
 溜息混じりなのに問い詰めるような口調だった。俺は残った片手もコートのポケットに突っ込んで足元へ視線を落とした。 
「……上へいけ上へいけって言いながら、言ってる人間が足引っ張ってたら意味ないじゃないっすか」 
「私はそんな風に思ったことは一度たりとも無いが…」 
「室井さんはなくても、俺はそう思うんです」 
 俺が断言すると、室井さんは言葉を詰まらせた。なんだか酷く困らせているような気配を感じた。 
「……私が居なかったら、」 
 一呼吸くらいの間のあと、室井さんが口を開いた。 
「私が居なかったら、誰が君の不祥事の責任をとるんだ?」 
「…………え?」 
「君のような人間の暴走など、誰も責任を受けてはくれないだろう。だか例えそうだとしても君は変わらぬ行動を続けるだろう。そうなれば、いずれは、もしくは直ぐに飛ばされるか辞めさせられる」 
「……酷いこと言ってますね、室井さん…」 
 俺の非難の眼差しに室井さんは言葉を切って、いや、そういう意味ではなく、とか困ったように言い訳をして小さく謝罪した。じゃぁどういう意味ですか、と突っ込む間は与えてくれなかったけど。 
「……兎に角」 
 咳払い。 
「そうなったら、君は私との約束を守るどころではないだろう」 
「……室井さんとの」 
「…………現場で頑張るんじゃぁなかったのか、忘れたのか?」 
「まさか」 
「…なら良い。…君が現場に居ないのではなんの意味もないんだ」 
「……」 
 俺は片手をポケットから出すと、今度は前髪の間に指を差し込んでかしかしかし、と頭を掻いた。 
「君に現場に居てもらう為ならば、多少の遠回りは私にとってはなんの苦にもならない。…ただ、君との約束を果たせるときはまた少し遅くなってしまったが」 
 最後の言葉に緩く首を左右に振って答えた。 
「……いいんすか」 
「いいんだ」 
 それに室井さんはなんの問題もない、とでも言いうように頷いてみせた。 
「……しかし。根本は異なるが以前に同じような遣り取りをしなかったか」 
「……。…そうっすね…」 
 俺はまたかしかしと頭を掻いた。思い返して、何も言い返せなかった。 
 室井さんはそんな俺を見て少し笑ったようだった。 
「……私の君への感情はあの時となんら変わっていない」 
「……」 
「寧ろ、より強くなっているのかも知れない」 
「………」 
 何も言わない俺に少しの間の後、…君は?と問いが掛かる。 
「…かも知れない、が余計です」 
 そう言って顔を見やると、室井さんと目が合い、開き直った笑みを返すと、視線を外されまた咳払いで誤魔化さそうとしたようだった。
>> DATE :: 08/XX/2003 xxx

お説教。(RAP・OD2)

シンクロニシティ。
■OD2の後かもしれない。

「大体君は、私の事を考え過ぎなんだ」 
「……え?」 
 背後に聞こえたその声は突然だった。振り向くと室井さんが立っていて、眉間に皺寄せて胸の前で腕を組んで、黒いコートを着ていた。 
「迷惑がかかるなどと、君に対することで迷惑などと思ったことは一度たりともないと何度言ったら解る」 
「え、あの、」 
「初めて出会った頃の君は私に、誰かに迷惑がかかることなど気にも止めなかった筈だ」 
「むろいさ、」 
「しがらみに捕らえられている青島など、青島ではない。走り出したら止まらず、柵を突き破っても止まれない、周りの草木を薙倒しながら、巻き込みながら突き進む。それが青島ではないのか」 
「……」 
「これでは、しがらみと己の心に板挟みになった上に上層部(沖田管理官)にいびられるのも当然ではないか」 
「………………いびられる?」 
「立ち直れないほどのショックを受け拗ねるような、愛らしい顔をこれ以上大衆に晒してどうするんだ」 
「………………はい?」 
「そもそも自覚がないのが良くない」 
 …何が? 
「そういう顔は他人に見せては駄目だ」 
 話が見えない。俺が混乱している間にも室井さんの言葉は止まらない。っていうかどんな顔ですか。 
「あの…」 
「青島」 
 いつの間に距離を詰めたのか、目の前に来た室井さんは組んでいた腕を解き、俺のネクタイを掴んでぐ、と顔を寄せた。 
「解らないのならばベッドで教えてやろう」 
 来い、と掴んだネクタイを引っ張り俺は無理やり歩かされる。 
 …………………………。 
 …………………………は? 
「あの…頭んなか遠くて話が真っ白で見えないんですが…」 
「気にするな」 
「何をですか」 
「教えてやる、といったろう」 
「だから何を、って、ちょっと、やだ、ムロイさっ」 
「…青島」 
「う、あ」 
 
 
 
 うあああああああああああああああああああああ。 
 
 
 
 あ。 
 
「……………………なんだよ、…今の……」 
 自分の叫び声に飛び起きて無意識に視線をめぐらすとぼやけた視界に無駄に豪華の木製のテーブルが見えた。安堵した。此処は応接室だ。仕事終わんないから泊り込んだ。湾岸署の。刑事課の。応接室。前髪をかき上げると額にかいた妙な汗に手がぬれた。 
 大きく息をついて再び革張りのソファーへ仰向けになる。 
 起きた拍子に落ちた、掛け布団代わりのコートをずるずると引っ張り上げ掛け直す。 
「…っていうか…」 
 コートの端を落ちないように体とソファーの間に挟んで横になる。 
「………苛められてんのムロイさんじゃん…」 
 あんなによく喋る室井さん、見たことない。 
 
 
 
**** 
 
 
 
「……………………なんだ、…今のは……」 
 起き上がった拍子に膝の上に置かれた両の手を見る。 
 視界が明瞭になりそれが良く見えるようになるまでの間に、様々な思考が頭を過ぎった。 
 不意のその手を緩く閉じ、再び布団のなかへ横になる。 
「…確かに。見てみたいものではあるが…」 
 自分の方が頭が真っ白になりそうだったので忘れて寝ることにした。
>> DATE :: 08/06/2003 Thu

YIN&YAN.(魔人/外法)

 そこから見える夕日は酷く朱かった。自分にとってこの森で最も古い木の天辺近くまで足を運び、森の向こうへ沈んでゆく陽を眺めるというは、毎日違えることなく行っていたことで、つまり習慣だった。 
 陽は季節によって色を変え、時によっても色を変え、同じ色でいることのほうが稀だった。 
 木の根元に生える緑草を踏む微かな足音が聞こえる。 
 距離はそれほど近くもなく遠くもない。実際よりも遠くに思えるのは、足音の持ち主の歩き方に特徴があるからだ。 
 空が赤から赤紫へ変わってゆくのを眺めながら、暫くその足音を聞いていた。迷っていたわけではなく何も考えていなかった。 
 足音が止まる。 
 それと同時にこちらの思考も止まる。 
 幾らか徒に時間を流した後、自分の胸元に置いてあった扇子を手に取ると体を起こしながら、び、とわざと派手な音を立ててそれを開いた。その一瞬で木下に立ち止まっていた気配が張り詰め、周囲、老木、頭上へと探索先を絞った。ほんの一時でこちらの場所を探し当てたそれになんの意図も持たない意識を返して、背後の枝に背を預ける。もう一度音を立てて扇子の羽を振る。 
「…よう、そないにまで意識の質を保てるもんやなァ」 
 笑いながら声をかけると漸く、こちらへと向けられていた気配が和らいだ。 
「…お前か。誰かと思ったぞ、相変わらず暇そうだな」 
 下を見やると頭上を見上げていた緋勇龍斗と目が合う。わいの顔を見つけ、龍斗はに、と笑んで見せた。 
「………わざとらしい挨拶」 
「…ん?」 
「いや。なんでもあらへん」 
 声を殺していった呟きを龍斗は聞き取れなかったらしく首を傾げた。聞こえないように言ったのだから当たり前で、当然の如くわいは誤魔化して二の句を次いだ。 
「わいを暇や言ぅたが…あんさんのほうが暇そうに見えるんは気のせいやろかな」 
「…さぁ。そう見えるんならそうかも知れない、そうでもないかも知れない」 
「……」 
 顔を見下ろすとまた目が合って、龍斗は居心地悪そうに笑って肩を竦めた。視線を外して枯葉のような茶色いぼさぼさ頭をかき、再びこちらを見上げる。 
「考え事してるのを暇というなら、暇なんだろうさ」 
「…考え事?」 
「……そう、大したことでもない。ただ散歩を兼ねて身の置き方についてでも考えてみただけで」 
「……身の置き方?」 
 至極真面目な顔で頷かれてわいは思わず吹き出した。 
「笑うな」 
 む、と眉根を寄せる龍斗が面白くて笑いだしたら止まらなくなった。 
「笑うな…言われてもな。そないなこと真面目に言われて。笑わん奴がおるかっちゅう話やで」 
「重要なことだろ、身の置き方は」 
「そうかも知らんけど。そないな若い身空でおーまじめに言われてもなァ」 
「…そう歳は変わらんように見えるが…」 
「まぁ、気にすんな」 
「っつうかいつまで笑ってる…」 
 龍斗が怒り顔から呆れへと表情を変えた頃、漸くわいの笑いは止まっていた。笑いすぎて荒くなった呼吸を整えていると下から小さく溜息が聞こえた。 
「言ぅか龍斗は…この村の者やないんか?」 
「…ん。……あぁ…、…違うよ、俺は外の育ち」 
「ほう?」 
 興味が惹かれたような相槌を返して下を見る。龍斗は片眉を上げてこちらを見上げ、何故か少し間を置いてからまた口を開いた。 
「そう、驚くことでもないだろ。お前と同じなだけで、俺みたいなのは沢山居るし」 
「よう馴染んではるさかい、てっきり此処の者なんかと思ってたが」 
「…そういうお前も、よく馴染んでると思うよ」 
 再び片眉を上げて笑いながらそう返してきたが、龍斗はそれ以上のことを言う気はないようだった。 
 わいは一度空を見やり、また下を見て、扇子を懐にしまうと枝の上から身を乗り出した。 
「龍斗」 
「…何」 
「こっちあがって来ィへんか」 
「……木の上に?」 
「そうや」 
「…………」 
「そう、考え込むこともないやろ。天辺から飛び降りろ言ぅてんのとちゃうんやから」 
 わいの居る位置を見上げ、そのまま天辺まで視線を上げて、そこで固まったまま動かない。わいは阿呆みたいにその視線を追って真似て固まってしまってから、気を取り直して枝下の瞳を見つめた。 
「今あがってきたら、えぇもん見してやる」 
 瞳が、再び俺を見た。 
「……本当に?」 
「本当や」 
 納得させるように大きく頷いて返す。それでもまだ少し逡巡してから、龍斗は上ることを決めたようだった。 
 手近な瘤に手を掛け勢いをつけて地面を蹴り、少し高い位置にある枝を掴む。勢いが衰えるより早く次の足場に上がり次の支えを見つけ次の高へと上った。迷って見せた割には身軽である以上に木登りが上手い。 
 体を避けて上り易い所を開けてやると、龍斗はわいが手助けをする間も無く俺の居るところまで登りきった。 
「……そないによう登れるんやったら、なんや迷うことなんやないやないか」 
 座り易い所を探っていた動きを止め、先ほどよりも随分と近い位置でじっと見つめてくる。眉尻を下げたように見えたが、はっきりと解る前に視線を外されていた。 
「…日常会話渡してるつもりだったんだが、そんなにわざとらしかったか?」 
 再び座る位置を探りながら不意に言われた言葉に、わいは一瞬反応できなかった。いつの間にかまた向けられていた視線を見返して、背後の枝にゆっくりと凭れ直して、軽く首を傾げた。 
「聞こえてたんか」 
「当然」 
「……アンタ…性格悪いんちゃう?」 
「普通」 
「……」 
「お前も俺だって気付いてただろ?お相子だ」 
 そう言って立てた片膝の上に顎を乗せる。わいは笑う横顔から赤紫色から既に菫色になっている空へ視線を移して、また横顔へ戻した。 
「…そうか。余所者やから、なんやな」 
「そういうことだ」 
「わいと、同じ、なァ…」 
 はあ、と息をつくと、龍斗はそういうこと、と繰り返して頷いた。その視線は菫色が濃さを増してゆく空へ向けられている。それは先ほどから位置を決めた後はあまり動かないまま、殆ど空へ向けられていた。 
「…、…?」 
 なんとなく手を伸ばして、何か口を開きかけた頬につ、と人差し指を辿らせると、顔は動かさないまま視線だけこちらへ寄越す。見えている側の眉が僅かに上がったのを無視して、そのまま顎の下へ指を掛ける。顔が此方へ少し向くと反対側の眉も驚いたように上がっていた。 
「…なに」 
 体を起こすと思ったよりも距離が縮まる。近い口がまた何かを言おうとしたように見え、次の瞬間には龍斗は姿勢を崩した。 
「───ッ」 
 俺が支える手を出すよりも早く龍斗は俺の腕を掴んだ。そのまましがみつくように抱きついてくる。藻掻いて状態を保てない体を抱え込むようにして支えると、その顔を覗き込む。 
「木の枝っちうんは結構複雑に組み入ってるから、そう簡単には落ちひんよ」 
「………う…」 
「…大丈夫や」 
 緩慢な動作で俺を見上げてくる。 
「…だいじょうぶやない…」 
 眉根を寄せて、何度か口を開けかけては閉じてを繰り返してから、漸く掠れた声でそう呟く。 
「…こないな高いとこ……せやからいややって…」 
「…そうか」 
「……」 
「龍斗、高い所アカンのか」 
「…………う…」 
「そうかそうか。そやからあないに悩んでたんやな」 
 顔を覗き込んだままにやり、と笑う。龍斗はまたう、と言葉に詰まり視線を彷徨わせ、再びこちらを見上げた。 
「…此処に置いてかれたら…泣いてまうからなっ」 
 泣きそうな目で上目遣いに睨んでくる視線にぽん、と頭を軽く叩いて返す。 
「解ってるがな。優しいもんちゃんがそないな酷いことする訳なやろう?」 
「…ホンマか?」 
「……」 
 もう一度にやり、と笑って返すと、龍斗は目じりに涙をためて今にも泣き出しそうな顔になった。 
 
 肌に感じるひかりが温かみを失ったのに気付いて、ふと空を見やった。菫色はもう跡形もなく、深い群青色が漆黒へと変わろうとしていた。随分暖かくなったとはいえ、夜はまだ寒い。 
 虐め過ぎたらしく離れようとしない龍斗の背を軽く撫で、またぽん、と軽く叩いた。 
「さて。そろそろ帰らんと…オヤカタサマが心配するで」 
 視線は上げるものの、動く気配がない。まぁこの状態なら寒さは凌げるが。寒さよりも怖いものなんざ幾らでもある。 
「………そういえば。あんさん、出身まで同いなんやな」 
「………」 
 龍斗は再び此方を見上げると幾らかの間ぼんやりとわいの顔を見ていた。そうして、多分、とか訳のわからない返答をくれて小さく頷いた。俺はそれ以上訊かずにどうやって此処から下ろすか考えていた。
>> DATE :: 04/28/2003 Mon

落日(魔人)

 壊していいものだろうか。 
 その顔を見たときに、ふと、そう思った。 
 何を、とも、どう、とも思いつかなかったが、ただそれは壊してしまってもいいものだろうかと思った。しかしそれは決して壊れてしまいそうなものでも、壊れてしまわなそうなものでもなかった。どちらでもなかった。どちらにも成れないものに、見えた。 
 
「俺の顔はそんなに見つめて面白いものにも思えないが」 
 向けられた視線を仰ぐように、緋勇龍麻はそういって微笑とも苦笑とも取れない曖昧な笑みを浮かべた。俺は言葉の意味を直ぐにとれず眉を僅かに動かし、それを見た龍麻が今度ははっきりと笑うのを見て、あぁ、と呟いた。 
「俺もそう思うよ」 
「そうか。なら、何か、その俺の顔を面白くするようなものがついていたのだろうかな」 
「……」 
「…俺はなにか、おかしなことを訊いたか?」 
 笑みを湛えたままゆっくりと、難解な言葉の意味を教えるような口調で、そう尋ねてくる。 
 俺は首を左右に振り、いや、と返した。 
「…アンタと話していると酷く下らないことがさも重要なような気がしてくるな」 
「…ふむ」 
「どうしてそうなのかは知らねェが。そんな事をして居て、疲れねェのか?」 
 一瞬笑みが崩れ僅かだが片眉が上がる。妙な間を取るように緩慢に目を伏せ、龍麻はもう一度、ふむ、と頷くと自分の顎の辺りを指先で撫でた。 
「疲れるかどうか、か。考えたことがなかったかも知れん」 
 視線を上げ俺を見る。 
「お前は、どうなんだ?」 
「………何?」 
「お前は疲れるかどうか、と訊いている」 
「……………アンタが疲れるかどうか、はアンタにしか解りはしないだろ」 
 呆れの混じった返答に、龍麻はしかし、緩く首を左右へと振る。 
「そうでなく。お前は自分に疲れたことがあるか?」 
「……」 
 問いに即答せず視線を外す。龍麻は俺がその問いにどう思うかなど既に解っているかのように、俺の目を覗き込むようにして俺を見つめた。決して強制はしていなかったがその瞳は答えを促していた。 
 その視線へ向いているほうの目をわざと不機嫌そうに眇めて顔を見やる。 
「…一々疲れてたら生きていけないと思うがね」 
 俺の視線を笑んだまま受け流して龍麻は、その通り、と笑った。 
「例え他者から見てそれがどんなに疲弊するようなものでも、問題は本人がどう思うかだ。誰かが判断できることでも無ければ判断して良いことでもない。つまりその問い自体が非常に無意味なものであるといえるな」 
「無意味?」 
「独自的な感傷が何を言ってもそれは他者には伝わらない」 
「……」 
 俺は横目遣のまま珍しく饒舌に語る龍麻の顔を眺めた。 
「…ふむ」 
 龍麻はまた何か考えるように頷く。 
「何が、ふむ、なんだ」 
「いや…。お前のそれは、やはり俺の所為によって起こるようだということが解った」 
「……それ?」 
「お前は俺の顔は眺めるほど面白い物ではないという。それを面白くするほどのものもやはりあるわけではないという。…しかし、お前は今も俺をそうやって眺めているな」 
「………」 
 俺は龍麻から視線を外して肘掛に頬杖を付き外を向いた。 
「…そう、わざとらしく逸らしてくれなくても良い」 
「…そういうアンタは、論点を摩り替えるのが随分と巧いンだな」 
 少し、間があった。見て居ないので正確には解らないが龍麻はまた僅かに笑ったようだった。 
「お前がそれほど俺の人生観を訊きたいようにも思えなかったが」 
「だがそれ以前にアンタがその人生観について話す気がないように思えたがね」 
「…ふむ」 
「違ったか?」 
「…さて…違うかどうか、か。本当にそれ以前かどうかがまず解らないな。お前が訊きたいか俺が話したいか、どちらが先にたつべき事柄なのか」 
「……そんなもの。どっちでもいいじゃねェか」 
「俺はそうは思わん。話したくもないことを訊きたくもない人間に話しても唯の言葉の浪費だ」 
「…言葉なんぞ浪費するためにあるようなもんだろ」 
「浪費させるかどうかは人の選択であって――」 
 だんっ、とテーブルが派手な音を立てた。龍麻の言葉を遮るように…いや、正確に遮って俺は俺たちの間にある小さな木製のテーブルに勢い良く踵から足を乗せた。 
 龍麻は言葉を止め少し黙った後、ふう、と息を吐いた。 
「乱暴な…割れたらどうしてくれる」 
 それには答えず俺は頬杖の甲の上で顔を動かし、欠片も焦りもしないその顔に少し強めの視線を投げた。もう少し丁寧ならば睨んだと言っても構わない程度に。 
「御託を並べて論点をずらし続けていけばいつかは何かが解決するとでも?」 
 常に龍麻の顔には滅多に表情というものが表れない。笑みは例外でも、その顔には恐怖や焦燥、憤怒といったものが現れたことは見たことが無い。もしくは現れ得ないのだろうか。 
「そのような。他力本願な事を考えていて生きていけるものなのか?」 
「…さァな」 
「俺自身は話を逸らしている自覚は無いが…」 
「ならば、」 
 ただ今の龍麻からは僅かだが常とは違う感情が見て取れた。 
「ならば唯話したくない、と言えばいいだけの話じゃねェか」 
「…ふむ」 
 両の眉を上げた後、片眉を下げるという驚いたのか馬鹿にしているのか唯考えているだけなのか解らないような顔をして視線を落とし、今度は確実に考え込んだ。 
「それを言わせる為だけに、このテーブルは蹴られたという訳か」 
 可哀想に、とテーブルを撫でる龍麻の手から逃れるように俺はテーブルの上から脚を退いた。白いテーブルクロスには靴の踵についていた泥が残ってしまっていた。 
「…別に話したくないわけでもないが…」 
「……」 
「……」 
「…奴、になら話すのか?」 
 俺の言葉に顔を上げた龍麻は意味を取りかねたのか僅かに首を傾いだ。 
「……」 
「………お前のいう奴、が俺が思い当たった人間と同じならば。そもそも奴はそのような事を訊きはしない」 
「……」 
「訊いたとしても逸らされた論点の尻尾を追って噛み付いて引き摺り出すような真似はしないだろう」 
「……だろうな」 
 俺が頷くと龍麻は眉を寄せて笑った。 
「解っているのだろう。そしてお前も、普段はそんなことをする人間でもない」 
「…」 
「あれなら兎も角お前に野生の感が、などというのもあまりに不似合いであるか」 
「…あれ?」 
 訊き返したが龍麻は、いや、と笑って答えなかった。 
 
 俺が汚してしまった白いテーブルクロスに窓から夕日が差し込み泥を赤く染め上げている。 
 いつの間にか、日が落ち掛かっていた。 
 窓は俺の掛ける椅子の後ろにあり、夕日は俺の背後から、俺の向かいに座る龍麻もまたテーブルクロスのように夕日に染められていた。 
「祇孔」 
 夕日の赤を表現するものには二種類がいる。それを畏怖の対象とするか慈愛の対象とするか。 
「お前は、少し京一に似ているな」 
「……なんだって?」 
「一度ふたりで会ってみるといい」 
 正に真っ赤な光に染まりながらそれを全く意に介さず笑う。多分夕日などは所詮浴びるものの問題なのだろう、とふいに思った。
>> DATE :: 03/11/2003 Tue